電車の中のスマフォ使いへの小さな偏見

電車の中を見回してみると、色々な行動を取っている人を見ます。読書、スマートフォン、音楽、新聞、睡眠、物書きなど。
それらを見て多くの方は、以下のような認識を持つのではないでしょうか。

「ペンを片手にノートを取る=勉強している」
「書籍を開いている=読書している」
「スマートフォンをいじくっている=ネットをしている、アプリをいじって遊んでいる」

かくいう自分も、本音を言ってしまえば、前者ふたつの方が「知的な行動」に見えてしまいます。

いや、分かっているんです。iPhoneを始めとするスマートフォンを触っている人の中には、下記のような人もいるということを。

  1. ブログを執筆している
  2. その日のニュースを確認している
  3. プレゼンの資料をまとめている
  4. 活字の電子書籍を読んでいる
  5. ビジネス関係の調べ物をしている
  6. 仕事のメールを打っている
  7. GarageBandで作曲をしている

多分、こういうのは、スマートフォンが生まれるよりずっと昔から蓄積されてきた「イメージ」がそうさせているのでしょう。

間違いなく言えるのは、スマフォを触っている人をハタから見ただけでは、その人が何をしているのか分からない、ということでしょう。それはゲームかもしれませんし、産経新聞かもしれません。

よく言えば、スマートフォンでゲームを遊んでいても、勉強していると誤魔化せる。悪く言えば、スマートフォンで勉強していても、ゲームをしていると誤解される。

この小さな偏見は、今のデジタルネイティブの子供達が大人になり、社会の中心になるころには無くなるのでしょうか。それともカタチを変えて生き続けるのでしょうか。

と、書き連ねてみましたが、おのおのがスマフォの画面の中でやっていることはてんでバラバラなのに、ハタから見れば画面とにらめっこしている点で、皆同じに見える。これでは誤解も仕方ないかもしれませんね。

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